東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6580号 判決
原告 岡本栄次
被告 松宮茂松
一、主 文
原告は、東京都杉並区阿佐ケ谷一丁目八百十番地家屋番号同町千百八十九番、木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十一坪九合六勺二階十二坪五合五勺の所有権者であることを確認する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二、事 実
原告は、主文第一項同旨並びに被告は原告に対し主文第一項に掲げた建物を明け渡せ。被告は、原告に対し昭和二十五年六月十一日以降みぎ建物明渡ずみに至るまで一日金四百円の割の金員を支払え、訴訟費用は、被告の負担とする、との判決と第二、三項について保証を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因として次の通り述べた。
「原告は、昭和二十四年八月二十六日被告に対し金十万円を貸し渡し、利息年一割、弁済期同年九月二十五日、被告所有の東京都杉並区阿佐ケ谷一丁目八百十番地家屋番号同町千百八十九番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十一坪九合六勺二階十二坪五合五勺に対し二番抵当権を設定し、若し債務不履行あるときは、原告は、その選択によつて代物弁済として右物件の所有権を取得することができる旨約定し、同日みぎ抵当権設定の登記をなし、またみぎ建物の所有権が原告に移転したときは被告は直ちにこれを原告に明け渡すこと、みぎ明渡の遅延については一日金四百円の損害金を支払うことをも約定し、その後、被告の申出によつて、前述の弁済期を昭和二十五年一月十五日に延期した。
そして、原告は、昭和二十五年六月二日被告に対しみぎ代物弁済の意思表示をなし、この意思表示は翌日被告に到達し、前述の建物は原告の所有するところとなつた。
しかるに、被告は、みぎ所有権の帰属を争い、引きつづきその占有をなすから、原告は、これが所有権の確認と、その明け渡し並びに前述の約定にかかる一日金四百円の割合による前述解除後の昭和二十五年六月十一日から明渡完済までの損害金の支払を求め、またみぎ建物が時価八十万円であることは認めると。」なお、原告は、豊島簡易裁判所昭和二十六年(ノ)第三九号債務調停事件における調停(別紙調停調書記載の通り)で、被告は原告に対し本訴請求を認諾する旨合意しているから、本訴請求の認諾を求めると述べている。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、請求原因に対する答弁として次の通り述べた。
「原告主張の消費貸借契約は、そのうち代物弁済の予約の点を除いて金八万円の限度ですべてこれを認める。みぎ予約の成立は否認する。また、原告主張通りの代物弁済の意思表示が到達したことは認める。
被告は、原告主張の調停が成立したことは認めるが、それは被告と被告代理人であつた宇留島正利の要素の錯誤に基ずいて締結されるに至つた無効のものである。その錯誤の内容は、
(1)前述の通り原告主張の消費貸借契約は金八万円の限度でしか成立しておらず、しかも、その後一部弁済ずみであるのに拘らず原告主張通り金十万円の債務があるものと考えていたため、原告の代物弁済の意思表示を有効と認め、
(2)また、仮りに、原告主張の代物弁済契約が有効とすれば現在約八十万円の値打のあるものが、金八万円で原告の所有に帰することとなつて、その契約は、明かに暴利行為として無効のものであるに拘らず、これを有効と認め、すでに、原告主張の建物の所有権が原告に属するに至つたものと誤認した点である。
もつとも、仮りに、みぎ調停が有効に成立しているとすれば、それによつて原告主張の消費貸借契約は更改せられその債務は消滅したものと云わねばならないと。」<立証省略>
三、理 由
原告主張通りの消費貸借契約が代物弁済の予約の点を除いて金八万円の限度で成立していることは当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第一、二号証からみぎ消費貸借契約における金額を金十万円としたことと原告主張通りの代物弁済の予約の成立していることが推認される。また、みぎ甲号証から被告の所有にかかる東京都杉並区阿佐ケ谷一丁目八百十番地家屋番号同町千百八十九番木造瓦葺二階建店舗一棟建坪二十一坪九合六勺二階十二坪五合五勺に対しみぎ約旨に基ずき原告のための抵当権の設定登記と代物弁済の予約に基く仮登記のあつたこと並びに昭和二十五年十月十日原告のみぎ代物弁済の意思表示に基ずく所有権取得の登記のあつたことも認めることができる。
しかるところ、みぎ消費貸借契約における弁済期を昭和二十五年一月十五日に延期したことは、原告の自陳するところであり、次いで、昭和二十五年六月二日、原告は約旨により被告に対し前示代物弁済の意思表示をなしその意思表示が翌日被告に到達したことは、原被告間に争いがなく、前示建物の所有権が被告から原告に移転したことを認定できる。
つぎに、その成立に争いのない甲第四号証や本件訴訟の経過によると、原告は、前示建物の所有権を主張し、その明渡を求めて本訴提起に及んだところ、被告は本訴手続の中止を申立てて、他方豊島簡易裁判所に対して原告を相手方として同庁昭和二十六年(ノ)第三九号債務調停事件をもつて前示債務についての調停を申立て、原告主張通りの調停(別紙調停調書記載の通り)が成立したことを認めることができる。
その結果、本訴請求は、みぎ調停の既判力に一部又は全部拘束せられるものと認められるが、被告は、みぎ調停は錯誤によつて成立したもので無効であると主張する。それでその点を考察するに、仮りに、被告主張通り前示建物の所有権が前記の如く原告に移転せずひきつづき被告に属していたものとするも、みぎ調停によつて原告に属するものとされた以上は民法第六百九十六条に準じて、その権利は調停によつて原告に移転したものとしてその点の錯誤の主張を許さないものとするを相当とする。また、被告は、前認定の契約が暴利行為の一として無効であると主張するも、みぎ調停手続においては同調停委員会及びその認可裁判所が前示契約の暴利行為性乃至はその有効無効を職権的に審査のうえ、有効なる約定と認定し前提してみぎ調停を成立せしめたことが推認されることに徴して、本件建物が現在評価において金八十万円に値いすることが当事者間に争いないが、なお、その契約成立の当時には暴利行為として無効のものと認めがたく、また、他にみぎ調停を無効とすべき理由なく、これに反する見解に基ずいて調停の効力を争う抗弁は採用することができない。したがつて、みぎ調停の既判力により、原告主張の特約に基ずく前示明渡請求権や遅延損害金の請求権については、みぎ調停条項第七項に「当事者双方は、本調停条項以外何等の債権債務のないことを承認すること」とあつて、その放棄があつたものと認めなければならない。
しかるところ、被告は、前示の諸事実から未だ本件建物の所有権を争つているものと推認できるから、原告にその確認を求める利益があるものとして、原告の所有権の確認を求める請求を正当として認容し、その余の請求を棄却して、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。
なお、みぎ調停が有効であれば、同条項第六項により被告は本訴請求を認諾することとされているが、かかる認諾の合意は民事訴訟法においてこれを許さないものと解せられるうえ、仮りに訴訟上有効とするも、同法第七百三十六条は当事者間において為すべき意思の陳述について適用されるもので、裁判所に対する認諾の陳述について適用なく、これを強制するに由ないものと云うべきである。むしろ、右条項は、本訴請求原因事実の真実であることの相手方に対する表明と解する限度で有効な条項と認めるべきで、同条項がかかる無効部分を含むとするも、なおみぎ調停の全部には影響ないものと解すべきであろう。したがつて、その他の点の判断に立ち進むまでもなく認諾による本訴の結了を許容することはできない。
(裁判官 西岡悌次)
調停調書写
申立人 松宮茂松
相手方 岡本栄次
(中略)
調停条項
一、相手方は其所有名義に係る
東京都杉並区阿佐ケ谷一丁目八一〇番地所在
家屋番号 同町一一八九番
一、木造瓦葺二階建店舗 一棟
建坪二十一坪九合六勺 二階十二坪五合五勺
の家屋を代金二十二万円也をもつて申立人に売戻すこと
右代金の支払方法は所有権移転登記と同時とす
二、所有権移転登記は昭和二十六年七月十日限りとす
三、相手方は第一項の物件に付設定してある昭和二十四年八月二十六日受付第一五八七三号の抵当権設定登記の抹消を前項所有権移転登記と同時になすこと
四、相手方は申立人に対し前項の抵当権の元利金に付其請求を為さざること
五、申立人は第一項の物件に付昭和二十六年度の公租公課並に其敷地に対する所有権移転登記当日迄の地代支払義務を各負担すること
六、申立人に於て第一項の代金支払義務を其期日に怠つた時は本売買の売戻契約は解除され相手方が申立人に対する東京地方裁判所昭和二十五年(ワ)第六五八〇号所有権確認訴訟手続の請求を認諾すること
第一項の義務を履行したる時は本訴は之を取下げるものとす
七、当事者双方は本調停条項以外何等の債権債務の無き事を承認すること
八、本件調停費用は各自弁のこと
<以下省略>